月は紅、空は紫
さりとて、医者として開業したところで、患者が来なければ廃業になってしまうというのはどのような時代でも同じである。
腕の良い医者であれば患者は集まり、医者としての地位を確立させ、逆に腕が悪く『藪医者』と呼ばれるような有様となったり、『藪医者』とさえ呼べない程に医者としての腕が悪く『筍医者』などと呼ばれるようになれば――当然の如く、医者としての廃業を余儀なくされてしまい、晴れて名字帯刀の地位も手放さなくてはならなくなる、といった次第であった。
さて、八つ刻を遥かに越えて、なおスヤスヤと眠り続ける若者はどうであったか?
若者が『あばら長屋』に住み着いて五年になり、住み着き始めて、半年も経たない頃には診療所の看板は上がっていた。
五年の間、診療所にはそれなりの患者が訪れるし、『藪医者である』といった悪評は響いてはいない。
長屋の住民の中には、「空診療所で診てもらえば病は治る」という定説もあり、若者は自身の不養生とは裏腹に『若いが、腕の立つ先生』という評判を受け取っていた。
ただ、『あの先生は、いつ訪ねても寝ている』という評判も――同時に囁かれてはいたのだが――。
腕の良い医者であれば患者は集まり、医者としての地位を確立させ、逆に腕が悪く『藪医者』と呼ばれるような有様となったり、『藪医者』とさえ呼べない程に医者としての腕が悪く『筍医者』などと呼ばれるようになれば――当然の如く、医者としての廃業を余儀なくされてしまい、晴れて名字帯刀の地位も手放さなくてはならなくなる、といった次第であった。
さて、八つ刻を遥かに越えて、なおスヤスヤと眠り続ける若者はどうであったか?
若者が『あばら長屋』に住み着いて五年になり、住み着き始めて、半年も経たない頃には診療所の看板は上がっていた。
五年の間、診療所にはそれなりの患者が訪れるし、『藪医者である』といった悪評は響いてはいない。
長屋の住民の中には、「空診療所で診てもらえば病は治る」という定説もあり、若者は自身の不養生とは裏腹に『若いが、腕の立つ先生』という評判を受け取っていた。
ただ、『あの先生は、いつ訪ねても寝ている』という評判も――同時に囁かれてはいたのだが――。