月は紅、空は紫
 この時代の医者というものは、極端な話ではあるが『誰にでもなれる』といったシロモノである。
 早い話が免許制でも無いので、誰でも『今日から医者になる』と言ってしまえば医者と名乗れるわけだ。

 武士として成り上がる程に剣の才覚や家柄が無かったり、金を儲けるための商才に欠けていたり、かといって僧になるほどの精神力の高さも無い。
 そのような人間が『出来ることも無いから医者にでもなるか』といって医者になってしまうような側面も持っていたのである。
 『医者にでもなるか』や『医者にしかなれない』という言葉をもじって『でもしか歯科』なんて言葉が存在していたような時代である。

 無論、この時代にもきちんとした医師も居た。
 薬学を勉強し、ちゃんと理論を勉強した上で人の身体を治す。そのような名医と言われるような人物だって存在している。

 しかし、当時の身分に於いて、医者は庶民以上武士未満という極めて不思議な身分であった。
 名字帯刀という権利を与えられており、その身分だけを目当てに医者となる不逞の輩が存在していたことも、また偽らざる事実である。
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