月は紅、空は紫
「あ! いえ、無理を申しました。歳平様のお顔を見ていると、つい――」

 イシヅキも慌てた様子で自分の話を引っ込める。
 冷静そうなイシヅキが、後先も考えずに人間に頼み事として話に出してしまう――それほどの心配なのだな、と清空は感じた。

 イシヅキに限ったことなのかも知れないが、清空は妖について自分が考え違いをしていたのではないか、と思い始めていた。
 これまで、清空にとって妖とは戦うだけの存在であった。
 その妖に――これほど『人間臭い』部分があるとは、露ほども思っていなかったのである。

 メジロを殺すという話はひとまず置くとしても――妹であるクスノキの話に関しては少々同情の気持ちを抱いていた。
 人間とて、兄弟と生き別れになれば辛いこともある。
 それが――三身一体と称される程の関係である鎌鼬であれば……清空には想像も付かない。
 しかし、どうやって捜せば良いものやら、清空にも皆目見当も付かないのが実情である。

「――何か、噂でも聞けばお伝えしましょう」

 イシヅキにはそう返答するのが精一杯であった。
 叶えてはやれそうも無い二つの頼みを一度に出されて、清空は困ったことになったものだ、そう感じていた。
 クスノキの事は、紅い月夜の見廻りで何か変化があればイシヅキに教えてやれば事足りるであろう。
 というよりは、清空にはその程度しか協力してやれることが無い。

 問題は――メジロを殺す、ということだ。

 イシヅキが清空の『使命』のことを知っているのかは分からないが、イシヅキの話は別として――メジロの事を何とかしないといけないのは確かである。
 清空がイシヅキに協力するということは、メジロを対処するのにイシヅキの助力を借りれる、という事でもある。

 メジロを本当に殺してしまうかどうかは別としてしまえば――イシヅキの話に協力するのは清空にとっては悪い話では無かった。
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