月は紅、空は紫
「分かりました――もし、お気持ちが固まりましたら、ぜひお力添えをお願い致します」

 食い下がってくるような事も無く、イシヅキは清空の意見を簡単に受け入れた。
 話してみたところで、すぐに答えを貰えるとは思っていなかったのであろうか、その態度は奇妙なほどにサバサバとしたものである。

 会話を終えたのを待っていたように、囲炉裏にくべられた薪が完全に灰となり、最後のあがきと言わんばかりにひときわ大きな『パチッ』という音を立てた。
 それが合図であったかのように――イシヅキが腰を上げた。

「こんな夜分まで、本当に恐れ入ります。今宵はこれでおいとまさせて頂きます。きっと弟は――メジロは次の紅い月夜までは動きますまい。出来ればそれまでに歳平様のお気持ちが――」

 そこまで言いかけて、イシヅキは言葉を止めた。
 スッと立ち上がり、土間まで向かって、自分の草鞋を履き始める。
 掛ける言葉もなく、無言のままでイシヅキの所作を見つめている清空。
 本当ならば瞳を閉じてしまい、無音の中でイシヅキからの頼みについて考えてみたいところではあるが――イシヅキは鎌鼬である、油断は出来ない。

 草鞋を履き終えて、戸に手を掛けたところで――イシヅキが清空に振り向いた。

「歳平様のお力添えが無くとも――私はメジロを止める所存です。ただ、歳平様のお力添えが欲しいというのも……偽らざる気持ちです。どうか……良い方向に考えて戴きますよう……」

 そう言いながら、イシヅキは表へと出て行く。
 イシヅキの言葉に、未だに無言のままの清空が見守る中、戸はスーッと音も無く閉められた。
 イシヅキが部屋から出ていった瞬間に、それまで押し黙っていたように静かだった表に風が吹いた。

 雲の切れ間から閉じかけの下弦の月が黄金色の顔を覗かせていた――。
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