月は紅、空は紫
「その話だが……少し考える時間を貰えないだろうか?」

 皆までは口に出さない、が清空は率直な想いをイシヅキに伝えた。
 ここにイシヅキが辿り着いた経緯を聞く限り、悪意を持って近付いたとは思えない。
 無論、イシヅキを含む鎌鼬に対する警戒が無くなったわけでもないが――清空は躊躇していたのである。

 清空の持っている『使命』の為に、メジロは倒さなければならない相手である。
 しかし、『殺す』というのは――清空にとって最終手段であると感じているのだ。
 これまで、京に来てからの数年間、幾度となく数多くの妖と戦ってきている。
 しかし、これまで清空が積極的に妖を殺したことは無かったのだ。

 京の住人に危害を及ぼす妖が居て、それに対抗する為に戦う。
 その戦いの末――結果的に命を奪ったことはあったにしても、清空が積極的に命を狙って、それを奪ったものではない。

 この時代の人間の多くは、幕府も推奨していた仏教徒である。
 その仏教の教えには『いたずらに殺生をしてはならない』というものがある。
 宗派によって多少の違いはあるが、凡そ殆どの仏教に存在する『殺生戒』という教えによるものだ。
 清空も、この時代の人間の例に大きく離れず、ある程度は仏教を信奉している人間である。
 いや、そうでなくとも、性格的に清空に殺生というものは向いていない。
 妖相手といえども、平和的に人間に危害を加えなくする手立てがあるというのならば、戦いよりもそちらを選びたい――というのが清空の偽らざる本音であった。
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