月は紅、空は紫
 その夕方に並ぶ患者のためには早々に長屋に戻った方が良いのだが、それでも『腹が減っては戦は出来ぬ』である。
 まずは多少なりとも腹ごしらえをして、という事になったわけである。

 それと、芋を小夏の分も買い求めたのは――小夏の機嫌を直してもらうためでもあった。
 小夏の目論見が外れてしまったことは清空の知ったことではない。
 しかし、小夏は清空が密かに思いを寄せる女性――お民の妹でもあるのだ。
 機嫌を損ねてしまうことは、清空にとって好ましくは無かった。

 案の定、小夏は芋を奢ってもらうことによって機嫌を取り戻し、今は清空の隣で芋を頬張りながら嬉々として歩いている。
 後は、八条大路と木辻大路が交わる地点にある但馬屋に小夏を送り届けて、ゆっくりと長屋に戻ってから患者を診れば清空のいつもの生活に戻れるわけである。

 桂川の死体についての検分書を御役所に提出せねばならぬという仕事もあるが、それは後回しでも構わぬことであるし、今は目の前に積もりかけの厄介ごとを片付けるのが先決であった。

 三条を出発し西京極大路に沿って歩き、六条大路に差し掛かった時である――。

「きゃあっ!」

 小夏の小さな叫び声が、前を見ながら歩いていた清空の耳に届いた。
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