月は紅、空は紫
――翌日の夜のことである。

 空診療所は閉まっていた、扉には『本日休業』の貼り紙だけがあり、並ぼうとした患者が苦情を言おうにも清空は診療所の中にさえ居なかったのである。

 心無い患者は『清空が怠けたくて休んだのだ』と口にしたし、物分りの良い患者は『先生のご家族に何か不幸でもあったのか』と不安がったりもしていた。
 前もっての説明も無く、あまりに突然の休業だったため周囲に迷惑を掛けたのは間違いない。

 その、空診療所の前に、肩透かしを食らってしまった集団が出来る五時間ほど前――清空は東御役所に居た。

 前夜の内に御役所に提出する『仁左衛門殺し』の検分書を書き終えて、それを中村に渡すという名目を携えてわざわざやって来たのである。
 ただ、『いつになっても良い』という風に言われていたのに、取り急ぎで完成させてやって来た理由は――中村から『仁左衛門殺し』の下手人についての詳細を聞くためであった。

 中村に話を聞いて、気になる部分を自分で調べるために情報を収集しようと思い、理由を作って御役所を訪ねた、という次第であった。
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