ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「君、もしかしてアルバイト希望? 今日ならすぐに面接できるけど」

 突然声を掛けられ、驚いて飛び上がった。

 店から出てきたボーイらしい黒服の男性が、こちらに近づいてくる。

「あ、あの……」

 私は慌てふためきながら後ずさりをする。しかし、男性はそんなことなど気にも留めていないようで、一気に私のパーソナルスペースまで飛び込んできた。肩を抱かれ、「ヒッ」と小さな悲鳴が漏れる。

「こういう仕事経験ある? 未経験なら――」

「私、す、すみません……!」

 男性の腕から抜け出し、来た道を一目散に走って戻る。

 泣きたいくらいに情けなかった。この期に及んで、覚悟さえも決まらないなんて。

 ……お父さん。ごめん。

 全力で地面を蹴りながら、ひどく惨めな気持ちになった。この世界をたったひとりでさ迷っている気分。いっそひとりならいい。そうではないから、こんなにも胸が痛いのだ。

 私は、どうすればいい?
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