三十路令嬢は年下係長に惑う
翌朝も、水都子は少し早めにマンションを出た。どことなく人が多い中入っていくよりも、先に待ち構えていたい気持ちがあった為だ。初日は、真昼が気を利かせて同道してくれたが、今は一人だ、と、気を引き締めてエレベーターに乗り込む。

 昨日同様、人事の上田は既に居た。

「早いですね」

 早めにやってきた水都子に気づいて声をかけてくる。

「まだ慣れていないので」

 上田は制服を着ていたが、水都子は更衣室へ行く必要が無い為、そのまま足を止めて話を続けた。

「ああ、そうだ水都子さん」

 上田は周囲を見て、声を潜めるようにして言った。

「鈴佳を気遣ってやってもらえますか」

「神保さん? どうしてまた」

 神保鈴佳は人当たりも良さそうで、自分などよりよほど頼りになりそうだ、誰かの助力を必要としているようにも思えない。

「あの子、ほがらかなんですが、ちょーっと空気を読まないところがありまして、一部の女子社員と折り合いが良くないんですよ」

 上田の言葉は少し意外だった。人懐こそうで、裏表も無さそうな神保と折り合いがつかないというのは、むしろ相手側に問題があるように思える。

「ちょっと信じられない感じですけど」

 素直に水都子が言うと、

「あの子自身に問題があるわけじゃないんです、あの子のポジションっていうのかな、立ち位置?」

「部署的な意味ですか?」

 システム課には神保の他にも契約社員の鶴見もいるはずだ、鶴見の方もそうなのだろうか、とも思った。

「部署というよりは、間藤君との距離感、かな」

 言いかけて、上田は末尾を濁した。
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