三十路令嬢は年下係長に惑う
「あなたが、女性に対してどこか見下した態度をとる事はわかりました、けれど、神保さんは違う、という事ですね」

 危うく流されそうになっていた自分を恥じるように去勢をはる水都子に、間藤は答えた。

「あれは、真っ直ぐな女ですから」

 神保鈴佳に対して水都子が持っている印象も間藤と大きくぶれる事は無い。

 水都子も、出会って間もないが神保の感じのよさ、一緒にいて清々しい気持ちになる感覚は理解できる。しかし何故か、今まで見たことのないような優しい顔をして神保鈴佳を語る間藤を見ると、どこか胸が傷んだ。

 自分もそうですね、と、続けばいいのに、一緒にいた時間の短い自分がそのように評するような言葉を続ける事に躊躇があったのか、それとも……。

 いや。水都子は、赤ワインの瓶に澱が沈んでいくのを見るような思いで口を閉ざした。間藤と自分は価値観において共通するところがあった、それがわかっただけでいいではないか、そう思う事にした。

 水都子の表情から神保への肯定を読み取った間藤は、その上で言葉を続けた。

「ただ、真っ直ぐすぎて折れるところが無い、若いせいもあるし、あいつ自身が女性のコミュニティでの所作をわきまえていないせいでもある」

 間藤の神保への評に、上田と同じニュアンスを感じ取った。

「そんな風には見えませんよ? 周囲へきちんと気づかい、配慮のできる方だと思いますが」

「それは、あくまで仕事人として、人としてでしょう? 女性は女性同士、一種独特な距離のとり方があるんじゃないですか? 神保は、俺にとっては後輩で、大学時代の途中からしか知りませんが、ある種のタイプの女性と相性が悪いんです」

「ある種のタイプの女性とは?」

「若い女である事に必要以上に価値を置いて、その意味を理解し、自分の持つ技量以上の見返りを求め続けるタイプです」

 強烈に貶めようとするその言い方は、間藤自身もまた、そういうタイプが苦手なのだと思わせるだけの感情がまぶされていた。

「わかりやすく言うと?」

 水都子は、どことなくわかってはいたが、確認の意味もこめて直接的な答えを求めた。

「坪井未優子のような人間に、ですよ」

 随分と遠回りをさせられたが、つまり総務受付担当と、システム課の女性社員の間になんらかの軋轢、もしくは課題があるという事なのだろう。

「坪井さんは、受付で、会社の顔ですし、露骨に誰かに悪意を向けたりはしないと信じたいですが」

「誰にでもわかるようなやり方であれば、糾弾も追求もたやすいんですがね」

「具体的にどんな事があったんですか?」
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