三十路令嬢は年下係長に惑う
「簡単に経緯を説明すると、社内で女子社員が活躍する事を暗に妨害する人物がいるんです、在職年数は長いが、能力はそれに比例して伸びるわけでは無い、ましてや、年功序列なんてのはもっと大きな会社がするものであって、ウチみたいに所帯が大きくないところが、っと、失礼」
水都子が経営者の親族である事に一瞬だけ配慮のようなものを見せたが、それは単に一応配慮はしましたよというポーズにも見えた。水都子はそこで反論する気も無かったので、話を進めるために間藤の言葉を要約して返した。
「つまり、女子社員内の軋轢によって神保さんの仕事が阻害されているという事ですか?」
「ご明察、流石は遊佐姉弟長姉でいらっしゃる」
「弟妹は有能ですが、私はそうではありません、あなたの人事についても私には何の権限もありません、お追従は不要ですよ」
水都子は、キツい物言いだったろうか、と、少しだけ後悔したが、間藤については既に最も弱っている部分を見せていると思うと、変に気負いが無く、素の自分を見せる事ができた。
「ご理解が早くて助かりますよ、それだけでもありがたい、世の中には愚かな女が多いから」
「結婚式当日に新郎に逃げられるような、ですか?」
水都子は皮肉をこめて言い返した。
間藤は驚いたように瞳を丸くして答えた。
「いえ、あなたは賢明だと思いますよ?」
「どういう意味ですか?」
「つまらない男と結婚しなくて済んだからですよ」
ガタン、と、音をたてて、唐突に間藤が立ち上がった。
驚いた水都子が逃げるようにしてキャスター付きの椅子から立ち上がろうとして、滑って転びそうになるのを、すかさず間藤の腕がささえた。
「貴女は、まだ結婚するはずだった男の事が忘れられないんですか?」
抱きとめられるような姿勢、間藤の顔が、水都子のそれのすぐそばにきていた。ふりほどかなくては、そう思うのに、身動きができなかった。
わずかでも力を入れたら、唇が重なってしまいそうなあやうさに、水都子は体を固くして、今のバランスを保つことに専念した。
「もう、忘れました、これからは仕事に生きる事に決めたんです」
「まるでテンプレートなセリフですね、逃げられた女にふさわしい」
間藤の指が、水都子のあごにかかり、いっそう距離が近づきそうになる、触れそうになった間藤の唇から逃げるように、水都子は両足を踏みしめ、崩れたバランスのまま、間藤の頬を張った。
間藤の腕から逃れて、よろけそうになりながら、ミーティングテーブルにとりついて、水都子は体勢を整えた。
間藤は臆する事なく打たれた頬をさすりながら笑った。
「すみません、言葉が過ぎました」
過ぎたのは言葉だけだろうか? そう思いながら、水都子は自分の呼吸を整えるので精一杯だった。
そして、素直に謝られると、水都子としてもそれ以上言葉を続ける事ができなかった。改めて椅子にかけ直すと、間藤から距離をとりつつ話題を戻そうとした。
水都子が経営者の親族である事に一瞬だけ配慮のようなものを見せたが、それは単に一応配慮はしましたよというポーズにも見えた。水都子はそこで反論する気も無かったので、話を進めるために間藤の言葉を要約して返した。
「つまり、女子社員内の軋轢によって神保さんの仕事が阻害されているという事ですか?」
「ご明察、流石は遊佐姉弟長姉でいらっしゃる」
「弟妹は有能ですが、私はそうではありません、あなたの人事についても私には何の権限もありません、お追従は不要ですよ」
水都子は、キツい物言いだったろうか、と、少しだけ後悔したが、間藤については既に最も弱っている部分を見せていると思うと、変に気負いが無く、素の自分を見せる事ができた。
「ご理解が早くて助かりますよ、それだけでもありがたい、世の中には愚かな女が多いから」
「結婚式当日に新郎に逃げられるような、ですか?」
水都子は皮肉をこめて言い返した。
間藤は驚いたように瞳を丸くして答えた。
「いえ、あなたは賢明だと思いますよ?」
「どういう意味ですか?」
「つまらない男と結婚しなくて済んだからですよ」
ガタン、と、音をたてて、唐突に間藤が立ち上がった。
驚いた水都子が逃げるようにしてキャスター付きの椅子から立ち上がろうとして、滑って転びそうになるのを、すかさず間藤の腕がささえた。
「貴女は、まだ結婚するはずだった男の事が忘れられないんですか?」
抱きとめられるような姿勢、間藤の顔が、水都子のそれのすぐそばにきていた。ふりほどかなくては、そう思うのに、身動きができなかった。
わずかでも力を入れたら、唇が重なってしまいそうなあやうさに、水都子は体を固くして、今のバランスを保つことに専念した。
「もう、忘れました、これからは仕事に生きる事に決めたんです」
「まるでテンプレートなセリフですね、逃げられた女にふさわしい」
間藤の指が、水都子のあごにかかり、いっそう距離が近づきそうになる、触れそうになった間藤の唇から逃げるように、水都子は両足を踏みしめ、崩れたバランスのまま、間藤の頬を張った。
間藤の腕から逃れて、よろけそうになりながら、ミーティングテーブルにとりついて、水都子は体勢を整えた。
間藤は臆する事なく打たれた頬をさすりながら笑った。
「すみません、言葉が過ぎました」
過ぎたのは言葉だけだろうか? そう思いながら、水都子は自分の呼吸を整えるので精一杯だった。
そして、素直に謝られると、水都子としてもそれ以上言葉を続ける事ができなかった。改めて椅子にかけ直すと、間藤から距離をとりつつ話題を戻そうとした。