三十路令嬢は年下係長に惑う
「あの子みたいになりたくて、でも、なりたくなくて、ポラリスリゾーツには入社しなかった、……でも、結局入った会社は父のコネで、それでも必死に働いたけど、成果は出ず、あきらめて、政略結婚でも、と、思ったら、結婚式にドタキャン、私って、そんなに魅力が無いのかなって、思ってた」

「そんな風に否定されてると、俺の見る目がないみたいじゃないか」

「……ゴメンなさい、そんなつもりじゃなかったんだけど」

「俺が会社を辞めたら、信じてもらえる?」

「ダメよ、そんな、せっかく部署としてまとまっていて、これから会社を引っ張っていかないといけないのはあなた達なのに」

「仕事は! ……ぶっちゃけどこでだってできる、でも、あんたは一人しかいない、あんたをあきらめるんだったら、俺は仕事をあきらめるよ、どこでだってやっていく自信はあるんだ」

「……どうしよう、今、すごくうれしくて、私……」

「俺にキスしてくれたら、俺はもっとうれしい」

 不敵に笑う間藤に、水都子は自分から口付けた。自分の意志で、求めに応じるという事が、これほど心地よいものか、と、思いながら、ようやく自分を縛っている物から解き放たれたように、水都子は自分の求めに素直に従った。

 間藤は、思いがけない積極さに少しだけ戸惑いながら、けれどそうして翻弄される事が嫌では無いと思い始めていた。

「……ねえ、俺、今利き手が使えないんだけど、それでもいい?」

「私に主導権を握らせてくれるなら」

「いいね、それ、従いますよ、だって、俺、年下だしね」

「……馬鹿」

 あー、本当、かわいいな、この人。そう思いながら、間藤は立ち上がって、思いをとげるために寝室へ移動した。もちろん、二人で。

 利き手の使えない間藤は、どうするべきか迷ったが、想像以上に積極的だった水都子のおかげで、少しだけ別の性癖が目覚めそうだった。

「それから……」

 すでにベッドに横たわっている間藤は、待ちきれないように不平を言った。

「何? まだ何かあるの? 俺、もう待てないんだけど」

 そう言われて、赤面しながら水都子は続けた。

「あの日、間藤さんが事故にあったのって、……私が、電話したから?」

「ああ、あなたからの着信に驚いて、動揺はしたけど……」

「ごめんなさい、私……」

「あー、もう、あれは俺がテンパり過ぎただけ、電話をもらってうれしくて、……もう、本当、これ以上のお預けは勘弁して……」

 間藤の唇が水都子に触れてからは、水都子は詫びの気持ちを言葉では無く、行動で示す事にした。
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