今でもおまえが怖いんだ
「そうやって涼しい顔しているからダメなんだよ君は」

宗徳さんに対して「うるさいなあ」と笑い返したけれど、本当にそうだったと思う。
涙の一つでも流せていたら、私ってこんなに弱いんですってもっと主張ができていたなら。
リストカットなんかじゃなくてもっとずっと分かり易く分かり易く、「あなたのせいで今傷付いた」のだと原因と結果が分かるような傷付き方を私ができていたなら。
もっと早くにもっと綺麗に終われていたのだと思う。

「この人がいなくちゃダメなんだ、って相手いないの、君」

その質問に即座に「いないね」と答えてから、私はもう1度考え直してみた。
ぷかぷかと思い浮かぶ顔はいくつかあって、でもその中で誰か1人突出した存在がいるわけでもない。
この人じゃなくちゃダメなんだと思えるかっていうか、別に。

「博愛主義って言葉はズルいよなあ。俺もよく言われるんだけれどさ」
「宗徳さんは実際そうだと思うよ、人のことをバカにし過ぎだと思う」

なんでよ、と宗徳さんは3個目の玉子に手を伸ばしてから、「飯」と思い出したように顔を上げた。

「夕飯ってまだだよね。俺、ラーメンの気分。ちょっとこぎれいなお店で限りなく普通の味のラーメン食べたい」

ラーメンかあと、私は考え込む。
出稼ぎ労働者とトヨタの工場勤務の若い男性ばかりで構成されるこの町は、ラーメン屋があちこちに建っている。
唐揚げもライスも大盛り気味でついてくるスタミナ系のお店も、とにかく濃厚でスープが固形レベルのお店も、激辛で激坦々麺と黒坦々麺のあるお店も、ガッツリこってりで有名なつけ麺のチェーン店も。
その割にあっさりしたところや女性でも食べられるサイズ展開になっているお店はとても少ないから、私が紹介できるのは1店舗だけになってしまう。

「福祉事務との思い出のお店でも良い?」
そう確認すると、宗徳さんはすぐに「良いよー」と言った。

「俺、そういうところ気ぃ遣えないから。福祉事務と座った席わざわざ選ぼうよ」
それに対して今度は私が「良いよー」と彼の口調を真似て言った。
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