今でもおまえが怖いんだ
扉を開けて中へ入ると、ダイニングのソファに1ヶ月ぶりに会う人が座っていた。

何度も出入りを繰り返しているはずなのに、私の部屋が余程居心地が悪いのだろうか。
スッと背筋が綺麗に伸びていて、荷物をすべて自分の足元にまとめていて行儀が良い。

「標門さん、久しぶりじゃないですか」

私がキッチンで手を洗っている間に、彼はコートを羽織って帰り支度を始める。

「うん、平泉にずっといて。あ、これお土産持ってきたから、お口に合わなかったら他に回してください」

そう差し出されたのは南部せんべい。
別に嫌いではない。
今日の夕飯にしますと答えると、彼は少しだけ口元を緩めてくれた。

「アパートの下に停まってたシボレーって、標門さんの?」
「祖父のだよ。ぼく車に使えるほどの稼ぎじゃない」

落ち着いたブラウンの革靴に靴べらを入れて履きながら、標門さんは今月もダメですねとレバーを押すジェスチャーをする。
ギャンブル癖さえ直せばもう少し裕福になると思うよと言ってもそればかりはと笑われる。

「久しぶりに会えて良かった。また連絡します」
そう言って標門さんはアパートの階段を静かに下りて行った。

足音をほとんど響かせず、手すりにも手をかけず、背筋も綺麗に伸びたまま。

車に乗る前に彼は私に軽く手を振って、「またね」と少し大きな声で言ってくれた。

靴べらを使って靴を履くのは、恐らくこの彼くらいだ。
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