箱入り娘に、SPを。
チェシャ
猫をかぶっているというのなら、それは私ではなく小太郎さんなのではと思うシーンが多々ある。
だってなんだか、笑顔が胡散くさく感じるんだもの。

つい、と隣に座る小太郎さんを見やる。
スマホに視線を落としている彼は、私が見ていることには気づかず画面を注視したままだ。

なにやらグルメサイトを見ているようだ。
隠す素振りも見せない。

──────今がチャンスかな。

ずっと気になっていたことがあり、私もスマホをいじる振りをして顔をうつむかせる。

ここは電車の中。
帰宅ラッシュの時間帯ではないので満員電車というほどでもなく、まばらに乗客が立っている。
傍目から見れば、私と小太郎さんはただ隣同士に座っている二人であろう。

まさか私が警視総監の娘で、小太郎さんは私を警護する警察官などと知る人など、この電車にはいないはずだ。

バッグを膝の上に置き、スマホをその上にバランスを見て置く。
さっきまで添えていた左手を、そっと、そーーーっと小太郎さんの腰のあたりに持っていく。

彼は先程と変わらずにスマホを指で操作しながら眺めている。

もうすぐ、もう間もなく小太郎さんの右腰にたどり着く。
ちょっと緊張しながら“アレ”を探すべく左手をもぞもぞさせていたら。

たどり着く直前に強い力で瞬時に握られた。
ヒヤッとした冷たさと共に、大きくあたたかい手に胸が跳ねた。

「…!」

はっと顔を上げた時には、小太郎さんが微笑んで私の手を右手で握っていた。
今この直前までスマホを触っていたはずでは?

この人が犯人でーす、とでも言いたげに、彼は私の左手を握ったまま肩のあたりまで持ち上げる。

「ちょっと!離してくださいよ」

慌てて手を振りほどき、赤くなっていそうな顔を背けると、小太郎さんは何事もなかったようにスマホをしまって足を組んだ。

「不審人物には容赦しないよ、僕」

「なんのことですか?」

「電車に乗ってからの美羽さんが、とても挙動不審だったので」

「えっ…」

なんで分かったの?
全然見てなかったよね?

絶句する私の顔を横目に、彼はニコッと笑う。

…ああ、この笑顔。
これが胡散くさいのよ。


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