雨宿り〜大きな傘を君に〜
日曜日が終わろうとしていて、明日は高校も塾もあるけれど、思い切って切り出す。
「有明沙莉さんと先生の話、聞きたいです」
「大した話ではないよ」
「それでも聞きたいです」
「…大学生の頃、俺は家庭教師のアルバイトをしていて生徒のひとりが、有明だった。1年半勉強を教えていてある日突然、彼女に告白されたんだ。俺にとってはただの生徒だったから、正直戸惑った」
黙って菱川先生の話を聞く。
「断ろうと思ったんだけど、大学受験当日まで1ヶ月を切っていて。この大切な時期に彼女に精神的なダメージを与えることは得策でないと思って、俺は受け入れたんだ。受験が終わったら先生とたくさんデートがしたい、そんな風に彼女は期待しながら勉強に励んでいて…後ろめたい気持ちだった。俺は彼女の受験が終わったら、別れを切り出すつもりでいたからね」
菱川先生は本気で彼女と付き合おうと思ったわけでないことに、とても安心した。私は嫌な女だ。
「そして見事に彼女は第1志望の大学に受かったんだ。その報告を受けた日、俺は別れを告げた。満面の笑みの彼女が、涙を流したその瞬間を鮮明に覚えている。ひどい男だろう…それでも俺は家庭教師として、彼女の未来を繋げることができたのだと自負していた」
有明沙莉さんの気持ちが分かるから、先生の選択は残酷だと思う。
「けれど彼女は大学には行かなかった。入学を辞退したんだ」
高校の前で有明沙莉さんと話をした日、
『アンタには優しいの?甘い言葉を囁いて、味方のフリして、それで結局最後は突き放して見放すの。アイツが吐く言葉は嘘ばっか』
彼女はそう言っていた。
菱川先生は傷ついた。
けれどそれ以上に、今でも彼女の心は荒れていて傷口を塞ぐことができないでいるのだろう。