雨宿り〜大きな傘を君に〜
いつもと変わらない朝だった。
洗濯物を干して、先生の手料理を食べて、行ってきますの挨拶をして。
ただひとつ違うことは、緒方さんも同じ時刻に家を出たことだ。
緒方さんはジャージ姿で、珍しく髪を下ろしていた。どうしても読みたい専門誌があるとのことで、朝早くから営業している駅前の本屋に行くという。
「有明沙莉さんのこと、聞きました」
「そうか」
「私、有明沙莉さんに一度、声を掛けられたことがあるんです。その時からずっと、気になっていました」
「初耳だな」
「でも先生の口から彼女の話を聞いて、スッキリしました」
「そうか」
「やっぱり菱川先生のことを諦められないので、出来る限り、頑張ります。まずは勉強をして、いつか夢を見つけた時に困らないようにしたいと思います」
先生と向き合うことで、本当の意味で前向きになれた気がする。
「…おまえは、なぜ火曜の夕飯が寿司だったか知っているか」
「はい?先生が残業になるからって…」
突然、お寿司の話が出てきた。
すごく美味しかったことは覚えているけれど…
「本当は俺は水曜から出張の予定だった」
「知ってます。でも若い子に譲ったって…」
「だから前祝いに寿司を頼んだ」
「前祝い?」
早足の緒方さんに必死について行く。
足の長さが違うのだから、もう少しゆっくり歩いて欲しいものだ。
話しながら息切れしそうなる。