雨宿り〜大きな傘を君に〜
一緒に食器を片付けた。
先生が洗ったお皿をタオルで拭く。その流れ作業に昔を思い出した。
母の体調が良かった時はキッチンで隣りに立って、料理を手伝った。あの頃は当たり前のように幸せを感じていたのだと、その尊さが今なら分かる。
ひとりの部屋は、寒い。
「ハナちゃんの好物はなに?」
ハナちゃん。
もう私をそう呼んでくれる人はもういないと思っていたのに。
先生はごく自然に呼んでくれた。
「…ハナちゃん?」
私は弱くない。
母が傍に居てくれなくても、いつも通り、生きていけると思った。勉強は嫌いだけど投げ出すつもりはないし、努力も怠らない。
ひとりでもちゃんとやっていけるとーー
「崎島のことを思い出した?」
素早く泡を流した菱川先生は私の頭を撫でてくれた。
「今日塾で準備室に血相を変えて駆け込んできた君の話を聞いてやれなかったこと、後悔してる。崎島だろう?」
「…はい」
本当はお母さんのことを思い出していたけれど、言えなかった。