雨宿り〜大きな傘を君に〜
嫌がればすぐに解放してくれる。
そんな風に思えたから、されるがままにじっとしていた。
背中合わせから、今度は後ろから菱川先生に抱き締められた。
「君のお母さんがここにいたら、きっと抱き締めてあげる気がして」
耳に彼の息がかかり、穏やかな気持ちのままではいられなかった。
だって後ろにいる人は、母ではなく、男の人だよ。
彼はきっと下心のカケラも無く、子供の私を慰めようとしているだけだろうけど、
ーー私は普通にドキドキしています。
もう感傷に浸るどころではなくなった。
「まだここに住みたいのなら、緒方さんには俺から話すよ。崎島のことは心配だから、俺が毎日送り迎えをしてあげる。君は今まで通りの生活をすればいい」
今まで通り?
ダイレクトに伝わる温もりを知ってもなお、今まで通りでいられるのだろうか。
私を受け入れてくれる人がいると知っても、それでも寂しさを感じずにひとりで生きていけるのだろうか。
「菱川先生が、傍に居てくれるのなら、緒方さんの家に行きます」
自分の出した答えに、自分自身が1番驚いた。
私は赤の他人の先生に、なんて大それたことを口走ってしまったのだろう。