雨宿り〜大きな傘を君に〜

「また考え事?」


「違いますよ」


「崎島のこと?」


あ…そういえば崎島のことをすっかり忘れていた。塾も今日はお休みだしね。


「先生のおかげで崎島のこと、忘れてました」


「ああ。こんな日にアイツのことを考える必要はないよ。さぁ、次はケーキを買おう」


気を取り直したようにわざと明るく言ってくれる菱川先生の気遣いはさりげなくて、優しくて。


「本当にクリスマスっぽいですね」


「君が望むなら、サンタの格好もするけど?」


「あはは」


私は心の底から笑えている。


母がいない日常に吹いた新しい風が、私の心を癒す。

ひとりで傷ついて生きてきたなんてセンチメンタルなことを言うつもりはないけれど、今、楽しいという感情が芽生えていることにとても驚いている。

もう、楽しいとか、嬉しいとか。
プラスの感情を抱くことは難しいと諦めていたから。


だから、


「菱川先生、ありがとうございます」


先生への感謝の気持ちでいっぱいだよ。

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