雨宿り〜大きな傘を君に〜
緒方さんの家にツリーはなかったけれど、テーブルの上はクリスマスらしいものが並べられた。
小さめのホールケーキと、チキンをメインとしたオードブル、シャンパン。
テレビではクリスマスソングの特集が組まれていて、軽快なメロディーが部屋を包む。
「本当に贅沢ですね」
「感動してないで、早く食べな」
フライドポテトを摘みながら、菱川先生は微笑む。穏やかな笑顔に、日常の喧騒を忘れてしまいそうだ。
「いただきます」
チキンにかじり付く。
女子力なんてカケラもない食べ方だけれど、同じように先生も食べ始めたので気にならなくなった。
「去年は仕事だったから、今年は休日で助かったよ」
「生徒もクリスマスなのに!って文句言いながら塾に通っているはずですよ」
「そっか。当たり前だけど、去年の俺のクラスにはハナちゃんは居ないんだね」
「はい。高校受験のために別の塾には通ってました」
母と一緒に居られる時間を削られることが嫌だったけれど、第1志望の高校に受かることが母の願いであったから仕方なく通っていた。
無事に志望高校に受かり、次の大学受験を見据えて今の塾を選んだ。そこに偶然、菱川先生が働いていたのだ。
「まさか同じ塾になるとはね」
「不思議な縁ですね…春からの9ヶ月間、ほとんど言葉を交わさなかったのに。こうして一緒にご飯食べているなんて」
運命と呼んでしまいたくなる程の偶然の巡り合わせだ。