雨宿り〜大きな傘を君に〜
「ハナちゃん。もし崎島のことがなかったら、君はどうするつもりだった?ずっとあのアパートにひとりで?」
「はい、なるべく誰かの力を借りずに頑張ろうと思っていました。家賃はおじさんに支払って貰っていましたけど、あまり迷惑を掛けたくなくて」
母が親戚付き合いをしていないことも知っていたし、都合が悪くなった時だけ頼るなんて図々しい。だから母はおじさんでなく、緒方さんに私のことを頼んだのだろう。
「そこまでの覚悟があるなんて、大したものだよ」
「母のために、強く生きたくて。誰にも頼らずに立派な大人になりたくて…」
「お母さんのためにね…ハナちゃん自身はどうなの?これからやりたいことは?」
「私がどうかなんて、関係ないです。ただ母が誇れる娘で在りたいです」
いつの間にが2人とも食事の手が止まっていた。
「これまで君の世界はお母さん中心で回っていたのだろうけれど、これからは君自身のために生きないと」
「よく分かりません」
すぐにやりたいことなんて見つからないし、未来に希望があると信じることは難しい。
菱川先生と緒方さんとだって、ずっとこのままでは居られないのだと分かっているから。
光の見えない未来に胸を馳せることなんて、私には何年かかってもできなさそうだ。残念ながら。
「すぐには無理でも、考えてみたらいいよ」
いくら先生のアドバイスでも、無理なものは無理だ。ただ分かったフリをして頷くことは菱川先生に対して失礼な気がして、言葉を連ねる。
「私には何もないから…考えても仕方ないです」
「何もって?」
ああ、そこまで私に言わせるのか。
きっと優しい家族に恵まれた先生には理解できないだろうね。
先生を見ていれば分かるよ。温かい家庭で育てられたこと。
それに菱川先生のことを大切に想っている有明 沙莉さんもいるのだから。