心の中に奏でる、永遠の向日葵
こんなゆったりと、純粋に一人の観客としてピアノを聴き、見るのは、本当に初めてかもしれない。
中間地点に入る。右手のどの音にも、トリル(二つの音を細かく交互に弾く)がつけられている。
ただでさえもテンポの速い曲なのに、余計につまずく可能性がふえる箇所だ。
そして、また序盤と同じメロディーに戻る。そっと向日葵を見ると、目を瞑って、口端を上げていた。
向日葵は、曲を弾いてる時だけではなく、聴くときもそんな嬉しくなれるのか。
やっぱり、向日葵はピアノ自体が好きなんだな。見てるこっちまで、微笑ましくなる。
曲はラストを迎える。左手は同じ和音をひたすら押し、右手はより高速な高音パートを弾く。そして、最後に同時に和音を押し、演奏が終了した。
「…いいなぁ」
最後のラスト、音が一番大きく鳴ったとき、横からそんな向日葵の小さな声が聞こえた。
本当に小さかったし、たぶん向日葵も、俺には聞こえないように言ったんだと思う。
でも、俺の耳には届いていた。
やっぱり、羨ましくなるのだろうか。
向日葵は、あんまりコンクールに出たことがないわけだし、憧れるのも無理はない。
ピアノを弾いていた人が立ち上がってお辞儀をすると、観客席から拍手が生まれる。
俺と向日葵も、それに合わせて手を叩いた。
「…羨ましい?」
再度、向日葵に確認を取ろうと、問いかけた。
ところが、向日葵は拍手をしながら、「ううん」と、首を横に振る。
俺は、予想と違った答えに、拍手している手の力を弱めた。
おかしい。「いいな」と言っていたのに、別に羨ましがっていたわけではないのだろうか。
でも、だったら、あの「いいな」の意味は、一体何になるんだ?
それとも…。それとも、向日葵は、俺の質問には、わざと嘘を答えたのだろうか…?