檸檬の黄昏

「耕平さん!?」


すっとんきょうな声を茄緒があげた。

自分を見る瞳が、伸び放題の前髪の隙間から見える黒い瞳と合致する。

髭を剃り普段は見えない素顔が露になっていた。


精悍で男らしい整った眉目、口元。
癖のある黒髪はバランスよくカットされ、整髪料で整えられている。

普段の紺色スウェットではなく、均整の取れた体格に仕立ての良いスーツを身に付けていた。

洗練されたその様は誰もが認める美男であり、相応の男の色気を放つ美丈夫であったのだ。


あまりの変わりように声も出ず、茄緒が口をパクパクさせる。


「窮屈だ。だからスーツは嫌いだ」


ネクタイの辺りを緩めながら耕平が無愛想に口を開いた。
いつもの不機嫌な声に茄緒は我に返る。

安堵し小さく笑う。


「だめですよ。終わったら脱いでもいいですから」


社長のネクタイを締め直した。
周囲から見たら仲睦まじい恋人か、夫婦にも見える。


「早くいつもの服に着がえたい」
「もう少し、がんばってください」


ずば抜けて目立つ美男美女であった。

周囲からは羨望と嫉妬の入り交じった視線が二人に注がれる。

どんなに着飾った女たちも茄緒には及ばない。
それは耕平も同じであった。


「あんたといるといいな。あまり女が寄ってこない」
「わたしは魔除けですか」


顔を寄せ会話をする様子に周囲は赤面する。
背丈が近いので自然とその様な位置になるだけなのだが。


しかし茄緒と耕平はその後、次々と来場者の挨拶を受けた。


その女性は誰なのか。
あまりにも美しい女性だったから声をかけられなかった。
坂口さんのお連れさまだったとは、
ぜひ紹介してほしい、などなど。


茄緒の明るい気さくな人柄もあり、たくさんの名刺交換ができた。


海外の取り引きの相手には、君があのメールをくれるのか、日本の四季や坂口さんの釣りのことが書いてあって、いつも楽しいメールをありがとう、と云われ、違う相手からは副社長とのゲームの事も面白いよ、と、茄緒の評判は上々のようだ。


坂口さんは優秀な人だが、ちょっと絡みづらかったから、あなたがいてくれて良かった、とこっそり耳打ちして来た人物もいた。



いつも女性に囲まれて終わってしまうらしい親睦会は、まずまずの成功を収めた。




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