檸檬の黄昏

西ヶ崎麗香




茄緒が耕平から借りた服を洗濯し、紙袋に入れ家に返しに赴いた時のこと。

タクシーが耕平の家の前で止まりスーツケースを持ったひとりの若い女性が降りてきた。


髪は女性らしいショートボブ。


細身でミニスカートから形の良い足が伸び、赤いヒール姿が印象的である。

猫のような丸い瞳、愛くるしい顔が特徴的な女性だった。

玄関に着くとチャイムを押してから茄緒を上から下まで訝しげに見る。


「あなた、誰?」


女性は茄緒をじっと見る。

いきなりで面食らった茄緒だったが、



「隣の家の者です」



生真面目に答えたとき玄関の扉か開いた。



「耕平兄さん。来ちゃった」
「麗香!」


耕平が声を上げる。


「妹が来てくれて嬉しい?初めてきたけど、本当に田舎ね」


抱きつきそうな勢いであるが、耕平はそれをさりげなく避けている。


「耕平さん、これ。先日はありがとうございました」


雨で遅くなってしまって、すみませんと茄緒が差し出す。

耕平は受け取りると、ああ、とだけ云い、女性ともつれ込むように玄関の中へ入り扉が締まった。


誰なのか。
確か耕平は兄がいると云っていたが、妹がいることは初耳である。
事務所での会話を思い出していた。


まあ、いいか。


茄緒はあまり気にしていないようである。
服は返せたのだから、それで良かった。
耕平は最低限しか物を持ってないので、替えがないと困ると考えていたからだ。

茄緒が自宅へ戻っている頃。



「パパは、ああ言ってたけど、本当は耕平兄さんにいてもらいたんだと思う」


麗香はソファに逆に乗り、そこからキッチンにいる耕平に声をかける。
先日耕平が西ヶ崎喜一郎の家を訪問した時の、喜一郎の事を麗香は云っている。

耕平は頷いた。


「ああ。わかってる」


喜一郎は子どもは姉妹のせいか、耕平のことを本当の息子のように愛情を持って接してくれた。

実の家族は海外にいて、あまり日本には近寄らないし、親の干渉が少ない家庭の耕平にとって非常にそれはありがたいし、感謝しているのだ。


「おれはこれからも、西ヶ崎家とは繋がりを持つつもりだ。変わらないさ」


耕平はオレンジジュースをコップに注ぐと、それを麗香の前のテーブルに置いた。


「ジュース?」
「お子さまには、それが一番だろう」
「ひどい、耕平兄さん。あたしはもう24になるのよ」


口を尖らせながらも、麗香はコップに口を付けた。

沙織の妹の麗香(れいか)は10歳離れた妹で、耕平と沙織が結婚していた当時は、まだ中学生だった。

二十四歳になった現在は大学卒業後、IT企業に就職しシステムエンジニアとして活動しており、アプリ開発などを行っている。


「あたしも、耕平兄さんと沙織姉さんが結婚した年齢になったのよ。もう、いつでもお嫁さんになれるわ」


いつでもを強調し、麗香が胸を張る。


「そうだな。早くお義父さんを安心させてやれ。おれのようにはなるなよ」


耕平が自虐的な発言をしたが、本人は深刻には考えていないようだ。

その言葉を訊き、麗香は耕平を見た。


「兄さんに荷物を渡していった、さっきの女の人」


麗香は置きっぱなしの紙袋を見た。
中身はチェック済みである。


「ねえ。兄さん。どうしてあの女の人、兄さんの服を持ってたの?」


麗香が疑いの視線を向けている。


「まさか新しい恋人なんて言わないわよね?兄さんは沙織姉さんと、一生いるのよね?」


耕平は自分の分のアイスコーヒーをコップに注ぎ、立ったまま口を付ける。


「あいつは隣人だ。そして、おれの会社の事務員だ。何もない」


時計を見る。


「帰りが遅くなるぞ。そろそろ帰れ」
「今日は耕平兄さんの家に、泊まりにきたのよ?」


いいでしょ、と下から耕平を見上げる。
猫のような魅惑的な顔だ。

耕平は動じる事なく口を動かす。


「冗談はやめろ」
「冗談なんかじゃないわ。あたし、ちょっと早いけどお盆休みなのよ」
「おれは休みじゃない」
「だから。お兄さんのお世話をさせて?家事はやるから」


花嫁修業よ、と麗香は笑う。


「お盆はうちに来るんでしょ、兄さん。その時に一緒に帰りましょうよ」


耕平が無言でスマホをポケットから取りだし、喜一郎宅へ電話をする。

親にも許可貰ってるし、と麗香は余裕の表情だ。

話を終え通話を切った耕平は、深いため息をついた。


「たしかに親父さんも知っているようだがな」


でしょ、と麗香が片目を閉じる。


「たった一週間よ。もう十年も付き合いがあるのに、初めてだわ。そういうわけよ。よろしく、兄さん」


麗香は笑い、耕平は不機嫌になった。

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