一年後の花嫁
「……髪の毛、伸ばしたんだね」
「あの人がね。女はロングヘアーだろうってうるさいの」
「あぁ。そうなんだ」
“あの人”。
もうすぐ、彼女の夫になる男。
やっぱりあの男、眼鏡の度数合ってないんじゃないだろうか。
ロングヘアーもたしかにいいけれど。
だけど彼女には、ショートカットの方が断然似合うのに。
「……もうきっと、たぶん一生。ショートカットにはできないんだろうな」
彼女は、ずっと遠くを見るような目をして、栗色の長い髪を風になびかせた。
もうすぐ彼女は、あの男の妻になってしまう。
暗くなり始めた空と、すっかり人気のなくなった日本庭園に、俺たち二人だけ。
それが余計に、俺を変な気持ちにさせていた。
あんなに明るくて、みんなの中心にいて、うざったいくらいの正義感に溢れていて、いつも大声で笑っていた長妻が、こんなにも寂しそうに笑うようになった。
そうした原因の一つに思えるあの男の、どこがそんなにいいって言うんだ?
俺があのとき……あの花火大会の夜。
もし、怖気づかずに気持ちを伝えられていたら。
彼女がこんな顔をする未来は、こなかったかもしれない。
そんなおこがましい気持ちが、次から次へと押し寄せた。
あの頃の俺に、そんな影響力なんてなかっただろうに。
『花火大会?』
『うん。みんな彼女と行くって言うからさ、一緒に行ってくれない?』
俺はいつの間にか、長妻に恋をしていた。
あの格技棟の裏で、初めて彼女の弱い姿を見たときから。
気付けば、彼女を目で追っている自分がいた。
いつものように言い合いをしていても、ドキドキ胸が高鳴って、夜眠る前には、必ず彼女のことを思い出すし、彼女が他の男に説教しているだけでも、なんだか妙にモヤモヤした。
それが恋だと気付いたのは、他校の読者モデルをしているらしい女の子に告白されても、びくともしなかったときだ。