一年後の花嫁
この気持ち。
なんだか知っている気がする。
「……ずっと寂しかったの。友達もいないし、お父さんも仕事忙しくて、ずっと独りでさ。だから家族が欲しかった」
「なんだよ、それ」
「藤堂くんにはわからないよ」
長妻が転校したとき。
少しの間だけ、そういう噂が流れたことがあった。
長妻の両親は離婚した、父親が不倫相手を選んだ、みたいな。
そういう下世話な話。
たしかに平平凡凡育ってきた俺には、長妻の“家庭の事情”ってやつはわからない。
だけど、だからって。
好きでもないやつと……いや、あんな男と。
結婚するって?
そんなのおかしいだろ?
「それで幸せなの?」
意地悪だと思った。
今の彼女なら、絶対、無理してでも「幸せだ」と答えるだろう。
俺は、彼女の口からそれを聞いて、自分の中で納得したかったのかもしれない。
でないと、この思い出してしまいそうな厄介な気持ちが、抑えられなくなりそうだから。
また冷たい風が、俺たちを煽った。
「……もう、引き返せないじゃない」
勘弁してくれよ。
なんだよ、それ。
幸せだって、無理矢理笑顔作って、答えてくれよ。
じゃなかったら……
俺は彼女の隣で、同じように木の幹に体を預けてみた。
触れそうでいて、決して触れない、肩の距離。
まるであのときみたいだ。
―― いや、あのときは違うか。
あのときの俺は、触れられたのに、触れなかった。
今の俺は、触れたいのに、触れられない。
似ているようで、それはまったく意味が違う。