一年後の花嫁
人でごった返す蒸し暑い夏の夜。
隣にいる長妻は、紺色の浴衣を纏い、いつもよりなんだか大人びて見えた。
『暑いね』
そう言って首元の汗を拭う姿も、拭いきれていないうなじの汗も、妙に色っぽかったことを覚えている。
人混みに逆らうことなく、メイン会場までひたすら前の人に続く俺たち。
時折彼女が、ぶつかられてよろけていたのは、わかっていた。
でもあの頃の俺は、「大丈夫?」なんて声を掛けるのが精いっぱいで、肩を抱き寄せるだとか、手を繋ぐだとか、そんなことは付き合っている彼女だったとしても、そう滅多にできない。
『もうすぐだから、頑張って』
『やだ、もう。バレー部なめないでよね』
こんな可愛くないことを言う長妻には、特にできそうもなかった。
メイン会場の広い野原に着けば、人は相変わらず多いものの、開けた場所のせいか随分と呼吸が楽になる。
『ふーやっと息吸える』
『な、同じこと思ってた』
いつものやり取りと、特段変わらない。
彼女の言った言葉に、俺が同意した。
ただそれだけなのに。
夜のせい?それとも、見慣れない浴衣のせいか?
顔を見合わせて笑った彼女の顔が、いつもに比べていやに嬉しそうで、それがなんだか儚くて、綺麗で、すごくドキドキした。
花火が始まるまで、あと五分少し。
本当は、何があっても気まずくないように、帰り間際に言うつもりだった。
だけど、あんな顔見せられたら。
もう今しかないと、先走ってしまったのだ。
『あのさ俺……』
彼女なんてこれまでに何人もいたし、女性経験がないわけでもない。
それなのに、ぐっと握りしめたこぶしの中は、汗でびっしょり。
出ろ出ろ、と急かしても、次の言葉は一向に出てきてくれなかった。
そして俺がまごまごしているうちに、彼女が先に口を開いたんだ。
『……ねえ。明日も晴れかなぁ。明日キャンプに行くの』
今になって思えば、別にあそこで引くことはなかっただろう。
ただ単に彼女が、思いついたことを口にしただけかもしれないし、別にあれが答えだったとは限らない。
だけどあのときの俺は、告白しようとした自分の言葉を遮られたことで、それが彼女の答えだと思い込んだ。
そしてそれをいいことに、自分が傷つかないように。
彼女との関係が壊れないように。
『あ、あぁ……晴れじゃないかな。キャンプ、いいね』
そう言って、話を終わらせた。
そうしてその後、部活でも顔を合わせることもなく、新学期。
隣の席に、長妻美波の姿はなかったのだ。