胸騒ぎの恋人
次の朝は、珍しく目覚まし時計が鳴る前に
 目覚めた。
 
 自分ではそう意識してないつもりだったけど、
 今日から始まる新しい生活に結構気が張っている
 のかも知れない。
 
 手早く顔を洗い・歯を磨いて、身支度を整え、
 昨夜叔父さんに言われた通りダイニングへ向かう。
 

『お早うございます。実桜お嬢様』


 最年少だと言う、家政婦見習いの子が迎えてくれた。
 彼女は昨夜も就業時間外だと言うのに、
 快く私の食事を作ってくれた。
 
 
「おはよう、ちーちゃん」


 既にテーブルの上にはご飯に味噌汁・焼き魚・
 出汁巻き玉子・納豆・きゅうりの一夜漬け ――
 など、純和風の朝食が並んでいた。
 
 ”いただきます”と軽く手を合わせ、食べ始める。
 
 
「それから、ちーちゃん?」

「はい」

「昨夜も言ったけど、私にお嬢様はNGね」


 ”ちーちゃん”コト千尋はペロっと舌をだして
 おどけた。
 
 
「あ、でも……」

「ん?」

「主任さんにはそうお呼びするよう言われてるんです」


 彼女が”主任さん”と言ったのは、
 この邸宅の家事全般を取り仕切っている
 家政婦のボス・紺野 夏子さん。
 
 
「なら、紺野さんのいないとこでは出来るだけ
 普通に呼んで?」
 
「はい、分かりました」 


 その時ピンポーンとチャイムが鳴った。
 千尋がインターホンの対応に出る。
 
 
『おはよう、ちーちゃん』


 低くて・甘くて・柔らかい、
 その声に思わず聞き惚れ、インターホンを
 画面を見て ”あれっ”となった。
 
 (つい最近どこかで会った事、ある……?)
 

「お早うございます、手嶌さん。今、開けますね」


 と、千尋が玄関のオートロックを解除した
 数分後、その男性は入ってきた。
 
 実際、間近で見て思い出した。
 
 彼は最後にお墓参りした時、私と入れ違いで
 墓前へ向かった、あのエリートビジネスマン。
 
 千尋から彼は祖父がわざわざ私の為に外部から招いた
 人材育成のコンサルタントだと紹介された。


「はじめまして、手嶌と申します」

「あ、よろしく、実桜といいます」


 うわぁぁ……間近で見ると更にイケメン……。
  
 それにしても、都村にだって一応新人教育の
 専門部署はあるのに、あの気難しい屋の祖父が
 わざわざ外部の会社へ依頼して専門家を呼び寄せる
 だなんて……彼は一体どんな人なんだろう。
 
 
 手嶌 竜二。男盛り・働き盛りの35才。
 
 お墓で初めて見た時受けた第一印象通り
 本物のエリートビジネスマンだったわけだが。
 
 その真の姿は謎に包まれている。
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