胸騒ぎの恋人
株式会社”都村フーズ”は中堅規模の
 外食産業会社だ。
 
 過去、バブルショックとリーマンショックで
 業務縮小を余儀なくされた事はあったが、
 民事再生法の適用を受け。
 必要最低限のリストラと支社と工場の閉鎖や直営
 レストランの閉店、等で窮地を乗り越えてきた。
 
 2021年5月現在、
 本社は新宿副都心エリア。
 国内支社:大阪・新潟・札幌の3ヶ所。

 臨時雇用(アルバイト)も含む総従業員数:
 約*000人。
 
 主な営業科目は菓子の製造販売と飲食店の経営。
 
 尚、数年前閉店したハワイの直営レストランを
 この秋リニューアルオープンさせる予定。
 
   
 こんな会社で、とりあえずはアルバイトで
 今日から働き始める。
 でも祖父は私が孫(=身内)だからといって
 決して甘えも妥協も手抜きも許さない。
 
 他の幹部から ”いくら何でも学生アルバイトに
 いきなり商品開発部配属は無理があるのでは……”
 と意見が出ていたにもかかわらず ――
 
 私が出社早々手嶌さんに連れられ向かった所は
 この本社ビルでも上層階にあたる1*階のフロア。
 
 企画課商品開発部。
 
 この部署は食品製造販売を主とする会社なら
 生命線のひとつともいえる中枢なワケで。
 
 会社へ向かう途中の送迎車の中でその事実を
 初めて聞かされた私はついつい心の中での
 ボヤきを口に出して言ってた。
 
 『お祖父ちゃんってばどうかしてるよ……
  料理もロクにしないような女子高生をこんな
  心臓部に放り込むなんて……』
  
 だけど手嶌さんは、
 
 『こうゆう方がかえって面白くないですか?』
 
 って、澄ました笑顔で言ってきた。 
  


 でもさ、ただでも”小生意気な孫が”って
 思われてるし ”お手並み拝見”って
 上から目線で待ち構えられてるのも分かるから、
 物凄いプレッシャーだ。 

 エレベーターから降りて企画開発部のオフィスへ
 向かうまでの廊下でも、途中通り過ぎる各部署の
 社員さんが興味津々の眼差しで私を見ていた。
 
 もうっ! 私は動物園の珍獣じゃないっつーの。 
 
 
「さ、ここが今日からキミの職場だ。覚悟はいいね」

「へ? 覚悟って……」


 手嶌さんがドアを開いたその室に広がっていた
 光景は……
 
 
『だから、俺的にポテトチップスは
 ”厚切りギザギザカット”が一番旨いんだ』
 
『あら~細田くん、それは商品開発者としてあるまじき
 発言ね。このセクションに籍を置く以上、あらゆる
 側面から売れ線の商品を作り出すべきよ』
 
 
 こちらではポテトチップスについて議論が
 繰り広げられてる、と思えば ――
 
 
『うっそー、納豆にトマトケチャップ?!
 信じらんなぁ~い』    
 
『何言ってんの、姫ちゃん。トマトに含まれる
 旨味成分のグルタミン酸って野菜の中じゃ
 トップクラスなんだよ~』
 
『そ。それにぃーケチャップの塩分は味噌や醤油の
 塩分の1/3程度。つまり減塩効果もあるんだ』
 

 また、もう一方では ――
 
 
『やっぱ日本人なら目玉焼きには醤油でしょ』

『いいや、シンプルに塩と胡椒だけってのもアリだ』

『断然私はウスターソースだなぁ』 
  

 等など、かんかんがくがく(侃々諤々)
 
 食べ物に関する議論が飛び交っていた。
 
 
 この部屋はちょっとした高級マンションの
 アイランドキッチンが真ん中にズデン!
 と、あって。
 調理器具から家電・食器類に至るまで、
 何から何まで揃っている。
 
 
「よーし、皆んなそのままでこっちに注目」


 一斉に皆さんの視線が手嶌さんと私に向けられた。
 
 
「彼女は今日から我々の仲間になる、都村実桜さんだ。
 皆んなも彼女について前評判は色々聞いてると
 思うが、仕事に慣れるまで面倒見てやって欲しい」
 
 
 手嶌さんが私を見た。
 
 
「??」

「―― ひと言どーぞ」

「あ、そうですね ―― えっと、都村実桜です。
 家ではインスタント専門ですが、どうぞ宜しく」
 
 
 温かい拍手が広がった。
 
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