胸騒ぎの恋人
新天地・東京へ
5月の眩い陽射しが照らす中、
 1台のハイヤーが走り抜けて行く ――。

 これは私の思い過ごしかも知れないが。 

享年・40才という若さで父が早逝して以来、
親戚達が急に親密になったような気がする。

ま、仲が良くなるのはいい事なのだが、
どちらかと言うとあまり兄弟仲が良い方では
なかった伯父達 ――

それまでは家業の会社の行事でもなければ
顔を合わせる事もほとんどなかった親戚達が
そんな変貌を遂げれば誰だって不思議に感じる。

普通なら敬遠するだろう、私の引き取りにも
皆んなが皆んな率先して挙手してくれたし。
 
 予想外に時間がかかった話し合いの末、
 一番上の伯父に引き取られる事が決定しても
 誰もが ”何か困った事が起こったらいつでも
 うちを頼っていい” なんて言ってくれた。
 
 別に私としては1人暮らしでも構わなかった……
 寧ろ、1人の方が気楽で良かったのだが 
 伯父達が世間体を重んじ。
 
 1人暮らしは大学を卒業するまで持ち越しとなった。
 

 快走するハイヤーは、
 若者達で賑わう渋谷公園通りから
 井の頭通りへ抜け ――、
 堂々たる戸建ての邸宅が建ち並ぶ 
 高級住宅街・松濤エリアへ向かう。


*****  *****  *****


 リビングに入った私達を窓辺に佇んでいた夫妻の長男
 史夫が『お帰りぃー』と迎えた。
 
 
「ただいまぁ史夫さん。夕飯は済んだ?」


 満面の笑顔で猫なで声の房子はこの義理の息子を
 溺愛しているという。

 因みに史夫は叔父の前の奥さんとの間に生まれた。
 房子の望みで私立の医科大学へ補欠入学したが……。
  
 
「うん、食べたよ。母さん。今日は僕の好きな
 オムライスだった」


 私の見たとこ、知能の程度は大した事ない。

 もし彼が無事大学を卒業し国試(医師国家試験)
 にも合格したとしても、私この人だけには
 自分の身体を診て貰いたくない。
 
  
「まぁ、それは良かったわね。
 じゃあ、お風呂にしましょうか」   
 

 と、軽く史夫の腰に手を添え、戸口へ促す。
 
 ”えっ ―― まさか2人で入るワケじゃ……”
 
 ぎょっとして、2人を見ていると叔母がちらり
 こちらを見やって言った。
 
 
「あぁ、あんたの部屋は1階の突き当りよ。
 ご飯は適当になさい」
 
 
 まるで新婚ほやほやのバカップル、みたいな様子で
 史夫と共に出て行った。
 
 流石の私も二の句が継げない。
 伯父・将嗣(まさつぐ)が取り繕うよう笑った。
 
 
「ハハハ……まいっちゃうよ。いつまでたっても
 子離れしなくて……」
 
 
 いや、あれは”子離れ”という次元の問題では
 ないと思うが……。  





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