やさしくしないで ~なぜか、私。有能な上司に狙われてます~
「お疲れ」
フロアに戻った私に、町田部長が言葉を発した。交わされた会話はこれだけだった。
「今のところ、出来る作業をまとめてやっておきました」私は午前中に片づけた作業済みの書類をファイルに入れ、部長の机の上に置いた。ずっしりとかなりの分量がある。
これなら、話しかけては来ないだろう。
「ありがとう。今のところ仕事はそのくらいしかない。後は、自分の仕事しててくれ」
「はい」

二人きりで、こんな狭い空間に閉じ込められて。最初はどうするんだろうと思ったけど。
町田部長は、ずっと電話をしているし、それほど影響はなかった。
しかも、部長から与えられた仕事も簡単な入力か修正の仕事だった。

部長がいない間に、私は少しずつ机の位置を変えていた。少しずつ部長の視界から外れようとしていた。
それからは、部長から与えられた仕事をこなし、ファイルに入れてデスクに置くか、フォルダ内のデータに修正を加えるだけだった。

「部長、体調も良くなりました。そろそろ元の部署に戻りたいと思います」
これは、元いた開発部とはまるで違う仕事だった。
なるべく早く戻してもらいたい。出来ればこの部屋から早く出て行きたいのだ。
「戻ってどうするの?」
「それは……早く仕事をします」
「これも仕事だよ」部長はにっこり笑って、申請する際の提出資料をどっさり渡された。いつの間に次の仕事用意してたんだ?

「これから、本社に行かなくちゃならないが、夕方には戻るから予定をあけておいてくれ」
「夕方ですか?はい。でも……」定時に帰れる時間だろうか?
「どうした?食事くらいする時間はあるんだろう?」
「ええ、まあ」
「じゃあな」
曖昧に答えてしまった。
先に帰るなとくぎを刺されてしまった。
一度きちんと話さなければならないんだけど。できるなら、先延ばしたい。
< 144 / 159 >

この作品をシェア

pagetop