やさしくしないで ~なぜか、私。有能な上司に狙われてます~
電話を切った後、私はオフィスを見渡した。
早紀先輩の姿はまだ見えない。
あと10分は、ここに姿を現さないだろう。
早紀先輩は出社して15分間は、お色直しタイムにあてている。
その間ずっとお手洗いにこもっている。
もう少しすれば、2年下の後輩が出社する。でも、彼を待つこともしない。
だって、彼に説明するくらいなら自分で処理した方が早いもの。
私は、まだこの部署に来て日が浅い。
本当なら、早紀先輩の指示を聞かなければならない。本当には、私は、早紀先輩のことを待たなくてはならない。
でも、それはしない。
早紀先輩、お色直しタイムの邪魔をされると機嫌が悪くなる。それに、早紀先輩に指示を仰ぐと、別の人に自分の仕事が振り分けられてしまうかも知れない。急に運が回ってきた。
機械トラブルなら私一人で大丈夫だろう。
時刻は、9時10分前。
私は、オフィスのテーブルを拭ていた雑巾を片づけ、早紀先輩に営業部に行ってきますとメモを残した。
すぐにエレベータで3Fに下りて、営業部のドアを開ける。
ドアが開くと、電話の音や人の話し声がどっと押し寄せて来た。
営業部は社内でも活気がある場所だ。
ここは、人の話し声が行き交い、人の出入りも多い。
しんとした管理のフロアと違う。
私は、フロアの中ほどまで進んで、岡先輩のふわりとした明るい柔らかな髪を探す。
「神谷さんでしょう!!こっち」私が探し出すよりも、先に岡先輩に名前を呼ばれた。