打って、守って、恋して。

プロ入りを諦めたように言っていたけれど、諦めたわけじゃないのは分かっていた。本当に諦めたのならば、野球はとっくにやめているはずだろうから。
あんなに泥だらけになって練習もしないだろうし、あんなにでこぼこになるまで右手にマメを作ったりもしないだろう。

“もっとうまくなりたい”は、イコールでプロに行きたいという気持ちの表れだと密かに感じていた。


情報番組が終わって程なくしてから送られてきた一言だけの彼からのメッセージ。

『プロに行けることになったよ』

この一言に、彼のすべてが集約されているような気がした。


携帯に映し出されたメッセージを開くと、隣でそれを見下ろした旭くんが苦笑いする。

「最悪の中継だったよ」

「……にこりとも笑わなかったね」

「無理でしょ、普通。いきなり指名されて驚きの方が大きかったんだ」

「いつか有名なプロ野球選手になったら、あの映像きっと持ち出されるよ」

「……なれるかな」

「なれるよ」


じゃあもっと頑張って練習しなきゃ、とこんな時なのにすごく嬉しそうに笑うあたり彼らしい。
野球が大好きで、野球がないときっとだめな人なんだろうなというのがよく分かる。野球なしの人生は送られない人だ。

彼の肩に額を寄せると、身体ごと引き寄せられた。

「プロに行けることになって、嬉しい?」

「うん」

「ものすごーく幸せ?」

「うん」

「ご両親はなんて言ってた?」

「メール来てた。おめでとうって」

「あのね、旭くん。嬉しい時は人前でも笑わないと。それもプロだよ?」

「……努力します」

「ファインプレーした時も、ホームラン打った時も、ちゃんと笑うんだよ?」

「ホームランはあまり打てないと思うけど、まあ……はい」


重ねていた彼の手のひら無理やりこじ開けると、右手にマメがあって、それをいつくしむように撫でた。
何年も、十何年も、重ねてきた彼の努力が報われた日。でも、ここはゴールではない。
これから先にもっと続く困難な道の、スタートライン。

彼は私にどこまで求めてきてくれるだろう。

ここにたどり着くまでに頑張ってきた彼に、これ以上頑張れなんて言えないけど、頑張ってほしい。
その気持ちを込めて、彼の右腕をぎゅうっと抱いた。








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