打って、守って、恋して。


「監督にね、お前の守備のおかげでここまで来れたって言われたの。決勝の前日に」

おもむろにそう言った旭くんは、精密検査を受けて軽い打撲と診断された左足をぶらぶらとイスから下ろして揺らした。

「そういうのもあって、最後まで出たかったんだ。その気持ちが前に出すぎて感極まったのかも」

「試合で泣いたのは初めて?」

「うん。……いや、高校の時も甲子園で負けて泣いたかな」

普段は感動ものの映画やドラマじゃ全然泣けないのにね、と苦笑いする旭くんが愛しくて、テーブルを飛び越えて抱きしめたくなったけど食事中だからやめておいた。


彼は、それよりも、とため息をついた。

「あの場面をカメラが映してたってことに動揺したよ。決勝を見てた人たちに恥をさらしちゃったな」

「なんで!かっこよかったよ!」

「かっこ悪いでしょ、あんなの」

いや、誰がなんと言おうと、あの姿はかっこよかった。
悔し涙って、あんなに綺麗なんだと。


「でも、足、なんともなくてよかった」

「……そうだね」

今となっては、そちらの方が一大事。
彼の身体は、これからはもっと今以上に大切な商売道具になるのだ。


私の作ったポトフを美味しそうに食べてくれる彼の姿を眺めながら、祈ることしかできないけど、とそっと心で話しかける。

私には祈ることしか出来ないけど、どうか危険な目には遭わないでね、と。


スポーツは時には危険と隣り合わせ。
なるべく怪我の少ないアスリート人生を送ってほしいと思った出来事だった。


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