打って、守って、恋して。

こちらで二人を遠巻きに見ながら、栗原さんに話しかける。

「この間の帰りに私の友達が飲み潰れて連絡してきて、それを藤澤さんが介抱してくれたので、お礼に来たんですよ」

「なるほど、それで。……フジさん、意外と面倒見いいでしょう?俺たち後輩のこともよく見てくれてますから」

「そうですね。試合を見ていてもそういうの、よく分かります」

ふわっと夏の風が吹いて、私は反射的に羽織っていたカーディガンを押さえる。
さすがよく見てますね、と栗原さんが笑った。

「フジさんに足りないものってなんだと思います?」

「足りないもの?」

「はい。俺はフジさんはプロでも余裕でやっていけると思ってます。でも、本人にその気がない」

たしかに藤澤さんは社会人野球でじゅうぶんだと話していた。それは、自分には守備しかないからだと。

「うーん。打撃力……とか?」

「石森さんは最近うちのチームの応援に来るようになったから知らないと思うんですけど、フジさんってちゃんと毎年打率は三割超えてるんです」

「そうなんですか!?」

「本人曰く、パワーがないから打撃面は小手先の芸当で勝負するしかない、それじゃあプロじゃ通用しない、その一点張り。ホームラン打たないプロ野球選手なんてゴロゴロいるのに、ですよ」

「足りないもの……、自信?」

「あー惜しいかな」

「……だめだ、分かんないです!」

「答え。野心、です」

「野心?」

「言わないでしょ、あの人。絶対にこうなりたい、こうしてやるって。いつも控えめで。もったいないですよね」

─────野心、か。
たしかに彼は野球に対する熱い気持ちとは裏腹に、こうしたいああしたいは言わない気がした。謙虚といえばそれまでになってしまうが。


ここまで話して、やっと凛子が栗原さんの存在に気がついた。

「ぎゃあああああ!栗原……さんだ!!」

一気に赤面して女子化した凛子が、一目散にこちらへ向かってくる。そして勢いそのままに栗原さんの前へ右手を突き出した。

「握手してください!」

「ありがとうございます」

しっかりと握手に応じる栗原さんは、やっぱりいつものニッコリ笑顔。これにやられる女性はかなり多そう。

「練習、頑張ってくださーい!」

「はい、頑張ります」

「日本代表の試合も、楽しみにしてます!遠征いつからですか?」

「来週にはもう合宿が始まります」

「じゃあ今日会えてよかったあ!」

いつもよりだいぶ声色が可愛い凛子は、うっとりした目で栗原さんを見上げていた。
普通はこうなるんだよね、たいていの女子は。

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