死にたい君に夏の春を
「……そんなもん持ってどうするんだ」


僕の手には、九条が隠していた黒い拳銃。


ずっしりと重く、ナイフで切られた右手で持つにはとてもじゃないが厳しい。


プルプルと震えるのは、痛みからか恐怖からなのか僕には判断できやしない。


「なんだよ、引けよ」


男はそう言う。


そうだ引け、引くんだ。


この指を動かすだけで、彼女は助かる。


たったそれだけのことなのに、体が一向に動こうとしない。


こんな時なのに、命がかかっているのに。


人を撃つのが、怖い。


九条と初めて話したあの夜、彼女は何の躊躇もなかった。


そんな恐れ知らずの彼女みたいになりたいって思ったはずなのに。


けれど、なれないんだ。


彼女にあって僕にはないもの、それは勇気だ。


指を引くことだけの勇気が、僕には足りない。


僕は彼女を救えないのか。


「ガキが。調子に乗ってんじゃねぇよ」


僕の拳銃は瞬く間に奪い取られ、そして頭に向かって振り下ろされる。


その振動で脳が激しく揺れ、力なく床に倒れた。


男は拳銃の弾倉を見て。


「ちっ、中身入ってねぇじゃねぇか」


そう言って僕の目の前に拳銃が投げ捨てられる。


薄れゆく意識の中、九条が担がれていくのを見た。


首から、僕のあげたチョーカーが見える。


必死に手を伸ばそうとするが、届かない。


こんな弱い僕のせいで、彼女は。


そこで完全に、僕の意識は途切れた。
< 136 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop