死にたい君に夏の春を

少女の目には



なんだか、ふわふわしている。


寒くて、暗くて、寂しい。


ここはどこだろう。


何も見えない、何も思い出せない。


手を伸ばすが、なにも触れない。


ふと、遠くの方に小さな光が見える。


私はその光の方へ歩いて行く。


だんだん光は近くなっていき、拳1つ分ぐらいの穴だと認識できる。


穴を覗くと、小さな電球が狭い部屋と2人の男女の姿を映し出していた。


その部屋から声が聞こえた。


低い声と、高い声の2つ。


耳をすませて、その会話を聞こうとする。


『……なんでこんなものまだ持ってるのよ』


女の人が喋っている。


『もう足を洗うって言ったじゃない……!』


『違うんだ、これは……』


『何が違うのよ!私があなたを助けるのにどれだけ苦労したかわかってるの?』


『わかってる。でも、これは処分しきれないんだよ……』


『結局あなたは自分のことしか考えてないのね。それだって、手放すのが怖くなっただけでしょう?』


『…………』


男はただ下を向いて黙る。


その様子を見て、女は深くため息をついた。


『もういい。あの子を連れてこんな家出ていく』


『ま、待ってくれ!栞だけは……!』


『……栞だけは?なによ、こういう時私を止めるもんじゃないの?なんで、なんであの子なのよ……』


女は、少しの荷物を持って外に出ていく。


『うぅ……くそ……くそぉ……』


それと同時に男は床に崩れ落ち、しばらく泣き続ける。


そしてテーブルの上にあった黒い拳銃を持ち、銃口をこめかみに擦り付けた。


しかし、その指をトリガーにかけることはなかった。
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