死にたい君に夏の春を
九条は床に手をついて、よろけながらもその身を起こす。


足も、顔も、傷はないように見える。


けれど彼女の身体は完全に疲労していて、動きもぎこちない。


「九条、腕を見せてくれ」


「……なんで?」


「いいから。袖をまくるだけでいい」


不服そうな顔をする。


そんなにも、僕に見せたくないのか。


「僕は、大丈夫だから」


それ聞いて、彼女はゆっくりと長袖をまくる。


見えてきたのは、惨たらしいいくつものアザや傷。


そのいくつかは、ついさっきできたようなものだ。


写真よりも、遥かにエグい。


「こんなの、全然痛くないよ」


「痛いに決まってるだろ……。こんな、酷い……」


あの男は、白くてか細いその腕に、なんの戸惑いもなく暴力を振ったのか。


父親であるにもかかわらず。


「でも、お父さん私を殺す気は無いって言ってたし、今日はナイフで切らなかったし、このくらいすぐに治る。だからね、明日もまた一緒に……」


僕は、俯く。


「……高階くん、なんで泣いてるの?」


「悔しいんだ……。九条がこんな酷いことされてるのに、僕はなにも気の利いた言葉が出ない……」


不安そうな顔をして僕を見る。


「なにも、言わなくていいよ。高階くんがいてくれるだけで、十分だよ」


彼女は僕の手を取って、自分の腕に添えた。


暖かい。


ちゃんと生きている。


優しげな顔をして、彼女は柔らかく笑った。
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