大江戸シンデレラ
「起っきゃがれっ。
……おめぇ、一人っきりで歩いてて怖ぇ目に遭ったっつうのを、もうすっかり忘れっちまったのかよ」
兵馬がずい、と歩みを進めて間を詰めてきた。
「それとも、朝の刻には見世から抜け出せねぇようにでもなったってのかい。
だったらよ、それならそうと一言ぐれぇおれに云ってくれても、罰ゃあ当たんねえだろうさ」
近づいてくる兵馬を避けようと、舞ひつるは身を捩りつつ、黄八丈の袂で面を隠す。
「おい……」
久方ぶりに逢えたと思えば、とたんに顔を背け、黙ったままもの云わぬ様に、兵馬はようやくただならぬものを感じる。
「まさか……毎朝おれと逢ってることが、見世にばれちまって、咎められたのか」
袂に隠れた舞ひつるの顔を覗き込むようにして、尋ねてみる。
「……違うなんし。わっちがもう、お参りすることがなきゆえなんし」
袂の向こうから、か細い声が聞こえてきた。
兵馬はひとまず、安堵する。
されども、腑に落ちたわけではない。
「だったら、なんでいきなりお参りしねぇようになったんでぃ。毎朝欠かさず此処に来て、熱心に拝んでたんじゃねぇのかよ。
……おめぇの『信心』ってのはよ、そないにすっぱり絶てるくれぇ軽ぃもんなのかい」
——なにをお云いでなんし。
兵馬の物云いに、舞ひつるの頭にカッと血が上った。
——若さまが、わっちとは別に、玉ノ緒とも此処でこそこそと逢うていなんしたゆえでありんす。