大江戸シンデレラ

(たわ)け者めが。かようなこともわからぬのか。
……この組屋敷の界隈で(おこな)うことなぞ、みな筒抜けじゃ」

多喜は、辛抱堪らずといった形相だった。

「向かいの御隠居の後妻(のちぞえ)が、一部始終をご覧になっておったのじゃ。
ひさかたぶりにお見えになったと思いきや、
『奉公人が行商人から物を求むるのはめずらしきことではあらぬが、そなたの御家(おいえ)は奉公人にも白足袋を履かせておるのだな』
などと、厭味を云われたわ」

つまり、武家の者にとってはあるまじき行為であることから、わざと「奉公人の仕業(しわざ)」として多喜に知らせた、というわけである。

もちろん、素足があたりまえの奉公人に、わざわざ白足袋を履かせるような酔狂な武家はいまい。

行商人からお菜を買った美鶴が、どういう経緯(いきさつ)でなのかはともかく、島村の家にいる「武家の娘」であることは百も承知のはずだ。

「あの御婆(おばば)さまに、かようなことを云われるとは何たる屈辱ッ。
……そなたは、我が島村家末代までの恥じゃッ」

多喜がまた(いき)り立った。

恥をかかされた怒りが甦ってきたのであろう。
武家の者にとっての「恥」は万死に値する。


「も…申し訳ありませぬ」

美鶴はさような武家のしきたりなど、つゆも知らなかったとはいえ、さらに平身低頭、我が身の非を謝った。

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