大江戸シンデレラ

惚れた腫れたで夫婦(めおと)になれる町家の者と違って、武家は家同士の「思惑」で縁組が決められる。

もし、当人が(いや)だと申して逆らえば、武家界隈から道理に反することと(なじ)られ、また相手方の面目を潰すことにもなる。

すなわち、双方どちらの家にとっても恥となるのだ。

美鶴は先達(せんだっ)てからの「指南役」である刀根(とね)から、武家にとっての「恥」は、たとえ身命を賭してでも抗わなければならぬ、と教え込まれた。

ゆえに、この場で美鶴ができることは、勘解由の(めい)に黙って従うことだけだった。


そして、かつての勘解由自身も「通ってきた道」であった。

見目かたちなど(つら)の皮一枚だけのことで気に入らぬのは「恥」だと云う武家の建前に従い、心を殺して多喜()を娶らされた。

祝言を終えた夜、その妻には当家の家督を兄の広次郎(二男)に渡す旨を淡々と告げた。

その後、自然と家から足が遠のいたのは、なにも御役目だけのことではなかった。


「おまえたちの祝言であるが……」

心なしか、勘解由の眉根が(かす)かに寄ったような気がした。

「だれにも知られず、秘して(おこな)うことと相成(あいな)った」

——『だれにも知られず、秘して』とは……

まるで、だれからも目出度(めでた)きことと望まれておらぬようだ。


「この家におまえが来る、少し前のことだ」

流石(さすが)に訝しむ美鶴に、勘解由は経緯(いきさつ)を語り始めた。

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