大江戸シンデレラ

『はぁ、「身請(みうけ)」だと……おめぇさん、まだ見習いのくせに、んな言葉どこで覚えてきゃぁがった。寝惚けてんじゃねぇのか』

多聞のきりりと形の良い眉の片方が、ぴくりと上がった。

『どこぞの女郎に(ねや)で骨抜きにされ、うめぇこと寝物語されて強請(ねだ)られたか、兵馬』

ふんっ、と(あざけ)るように(わら)う。

『んなことのために、おりゃぁおめぇを吉原へ寄こしたんじゃねぇぜ』

そう云って、多聞は忌々しげに莨盆(たばこぼん)を手元に引き寄せた。

煙管(きせる)を取り上げ、一番上の抽斗(ひきだし)から出した刻み莨を丸めて、雁首の火皿に置き、火入の炭火で()べた。

そして、深く一服する。気を鎮めるためだった。

だが、どうやらうまく行きそうにない。
肺の腑に含んだ煙は心のうちと同じで、いがいがするだけだ。


『父上、我が妻にしとうござるのは、決してさようなおなごではござらん。
(くるわ)におるとは云え、まだだれの手も付いてはおらぬ(きよ)らかな身のおなごにてござる』

兵馬は、がばっ、と身を起こした。

『歌舞音曲に明るいのは云うまでもなく、和漢にも秀でている上に、客人のあしらいまで()けておるおなごは、この組屋敷界隈にはおよそおりますまい。
なによりも……世知辛(せちがら)い町家の浮世のさまを身をもって知ってござる』

父親譲りの眼光鋭き目で、滔々と告げる。

『さすれば必ずや……この松波家で……
代々御公儀より「町与力」と云う町家の者を束ねる御役目を賜るこの松波家で……
父上や母上のお導きの下、嫁として立派に勤めを果たしてくれることと存じまする』

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