大江戸シンデレラ

美鶴は、しばらく茶を飲んで時をやり過ごすこととした。

この家に連れてこられて過ごしたのは短い間であったが、隣家の刀根(とね)に武家ことばを学び、吉原の(くるわ)では人任せにしていた縫い物を始めた。

主人(あるじ)の妻である多喜(たき)からは日々のお(さい)が与えられず、かなりひもじい思いも味わったが、さりとてこの家での暮らしがなければ、今の松波家での「武家の嫁」としての我が身はない。

——あとで、お隣の刀根さまの御屋敷にも参り、非礼を詫びねばならぬ。

あれだけ世話になり恩義すら感じる刀根に対して、美鶴は礼どころか一言も告げることなく、忽然と姿を消したことになっていた。


——刀根さまはきっと、わたくしが広次郎(ひろじろう)さまの「嫁御」になるべく、お教えござっていたに違いないと云うに……

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