大江戸シンデレラ
そう告げられた、次の刹那——
兵馬から腕を取られて引き寄せられ、美鶴の身が大きく傾いだ。
すかさず、兵馬が包み込むようにして美鶴を抱きしめる。
「だ、旦那さま……」
美鶴のすぐ目の前に、兵馬の端正な顔があった。
それどころか、互いの鼻や頬が触れ合ってしまうのではないか、と云うほど近い。
そのとき、美鶴の髪からふわりと椿油の香りがした。
「この匂い……閨のときにも付けておいてくりゃあ、おめぇだって判ったかもしんねぇのによ。
そうすりゃ、こないに拗れることもなかったのに……」
美鶴は松波の御家を出て町家で暮らすようになってから、吉原にいた時分に気に入っていた椿油を、おさとに買ってきてもらってまた髪に付けていた。
「武家の妻女」である今の美鶴にはそぐわぬ、少し艶めいた香りかもしれない。
だが、兵馬にとっては、吉原の明石稲荷の小堂で隣に腰を下ろした「舞ひつる」からふわりと漂ってきた、馨しい香りだ。
今となっては、逢瀬をしていた思い出そのものと云ってもよい。