大江戸シンデレラ

そう告げられた、次の刹那——

兵馬から腕を取られて引き寄せられ、美鶴の身が大きく(かし)いだ。

すかさず、兵馬が包み込むようにして美鶴を抱きしめる。


「だ、旦那さま……」

美鶴のすぐ目の前に、兵馬の端正な顔があった。

それどころか、互いの鼻や頬が触れ合ってしまうのではないか、と云うほど近い。


そのとき、美鶴の髪からふわりと椿油の香りがした。

「この匂い……(ねや)のときにも付けておいてくりゃあ、おめぇだって判ったかもしんねぇのによ。
そうすりゃ、こないに拗れることもなかったのに……」

美鶴は松波の御家(おいえ)を出て町家で暮らすようになってから、吉原にいた時分に気に入っていた椿油を、おさとに買ってきてもらってまた髪に付けていた。

「武家の妻女」である今の美鶴にはそぐわぬ、少し艶めいた香りかもしれない。


だが、兵馬にとっては、吉原の明石稲荷の小堂で隣に腰を下ろした「舞ひつる」からふわりと漂ってきた、(かぐわ)しい香りだ。

今となっては、逢瀬をしていた思い出そのものと云ってもよい。

< 450 / 460 >

この作品をシェア

pagetop