三日月と狼
昔の男
花澄は暫く一人になりたかった。

ケイにはまだ気持ちを伝えてはいないのに
既に完全にフラれたみたいだった。

ケイを好きで居られないのならここにいる意味はなくなるが、
これからの生活を思うと踏ん切りがつかないのだ。

今更、将輝の待つ家に戻れるわけでもないし
戻るつもりも無かった。

ヒロに言われた言葉が頭をよぎる。

「俺じゃダメかな?」

花澄は拠り所が無くてその言葉に甘えたくなる。

ヒロのことは嫌いじゃない。

むしろヒロが家にいると安心した。

そうだとしても
ヒロを利用しようと思う自分も許せないし、
それよりもケイのいるこの家で別の男の恋人として暮らすなんてとても出来ないと思った。

将輝との関係も未だに曖昧で
何一つ前に進んでいない。

将輝に逢うのはすごく怖かったし、
面と向かって離婚を切り出す心構えも出来てなかった。

だいたい将輝の事を嫌いになったワケではない。

結婚当初の恋愛感情は日々薄れていっても
今までの情というのはなかなか消えないものだ。

今は自分勝手に若いケイに恋い焦がれているが
将輝との間には簡単に切れない、もっと深い繋がりがあるのは確かだった。

全てが中途半端で自分のことが嫌になる。

ヒロが帰って来る日もそう遠くない。

花澄の気持ちは焦るばかりで
答えは何一つ出ていなかった。

そんな花澄の前にまたしても頭の痛い問題が発生した。

それはある夜の事だった。

仕事を終えて帰る道の途中で
名前を呼ばれて振り向いたその先に
二度と会いたくないと思う相手が立っていた。

「花澄?花澄だよな?」

その顔を見て、花澄は息が出来なくなりそうだった。

「久しぶりだなぁ。」

男が花澄に近づいてきて、花澄の脚は震えた。

「相変わらず綺麗だな。」

男の名前は清家恭司。

10年前、花澄が本気で好きになり
のちに家族を巻き込み修羅場を経て別れた相手だった。

恭司には妻子があり、
まだ20歳になったばかりの花澄との不倫は遊びでしかなかったが
花澄の方はかなり本気になり、
心も身体もこの恭司によってボロボロされたのだった。
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