三日月と狼
花澄が不妊に悩んでいる間、
幾度となくこの男が原因かもしれないと思っていた。

だから今、恭司に会うのはとても辛く、恐ろしかった。

恭司は花澄が初めて愛した男だった。

恋愛がまだどういうものか知らなかった花澄にとって女の子の扱いに慣れていた恭司が
なぜかとても魅力的に見えて、
花澄はすぐその恋に溺れた。

そしてまだ若かった花澄は
そのうち恭司に家庭があるとか、
周りの目など気にする余裕もなく
いつしか恭司の妻に申し訳ないという気持ちさえ薄れていった。

上司の恭司とは仕事帰りに遠くの街で会う約束を交わし、別々にその場所へ行き、
軽く食事をして
ホテルに行くだけのデートだったが
最初はそれで花澄も満足していた。

そのうち身体は満たされても、
心はいつも寂しくて
その若い肉体で恭司の気持ちを何とか惹こうと努力した。

しかし家庭のある恭司の方はあくまで花澄とのことは遊びでしかなかったのだ。

恭司は花澄との快楽に溺れ
その果てに花澄が恭司の子供を身ごもってしまった。

花澄はこれで恭司と一緒になれると思ったが
恭司は何とか説得して花澄に子供を諦めさせようとした。

花澄はその辺りから様子がおかしくなり
恭司に執着するようになった。

しかし恭司の妻がそんな花澄の存在に気付き、
花澄と花澄の両親に訴えにやってきた。

もちろん花澄の両親は自分の娘が不倫していることなど全く知らず
父は激怒して恭司に掴みかかり
母はただ泣いて恭司の妻に謝った。

結局、花澄は会社を辞めさせられ、恭司には二度と会わないと約束させられた。

それでも花澄は恭司の子供が欲しかった。

お腹に子供がいると気づいた母は花澄を無理やり病院に連れて行こうとした。

花澄は絶対に嫌だと母の腕を振り払い
急いで逃げようとした時、
階段から脚を踏み外し
結局恭司との子供も失った。

そんなことがあり、あの頃の花澄の人生はどん底だった。

愛していた恭司はいつしか憎むべき相手に変わり
何日も泣き暮らした程だ。

あんなに無鉄砲で気持ちのコントロールが出来ない程辛い恋をしたのは恭司が最初で最後だった。

それからの花澄はいつもどこか冷めていた。

そのあと将輝と出逢うまで数人の男と付き合ったが、相手を信用できず長く続かなかった。

それに恭司は反省しない男で
熱りが冷めると懲りずに花澄に連絡してきた。

その頃には恭司への愛は薄れていたが、
日常になんとなく物足りなさを感じていた花澄にとって
恭司はいいスパイスだった。

年に一度か二度、恭司と逢って
昔のように肌を合わせる。

スリルがあって、刺激的だったが、
ただそれだけだった。

あの頃みたいな気持ちには戻れないとわかっているのに
どうしてもあの情熱的な恋が忘れられず
それは花澄が将輝と結婚を決めるまで続いた。

しかし花澄は結婚を機に気持ちを切り替え、
連絡先を変え、恭司を知る全ての人との交流を断ち、恭司の前から姿を消した。

それなのにこんな時に
こんな場所で恭司に出逢うとは
悪縁とはこういう相手のことだと思った。
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