あり得ない男と、あり得ない結末
「おばちゃん、これうまい?」
「おいしいよー。うちはまんじゅう揚げて五十年だよ」
「すげー。じゃあニ個ちょうだい」
お腹が空いたと言っていたくせに、どうしておやつみたいなものを買うのか。
説教したい気分になったけれど、店の前でそれを言うほど空気が読めないわけじゃない。
「ほい。揚げたてもらった。熱いぞ」
人の気も知らないで、のんきな顔で渡されるお饅頭。
本当に熱くて、何度も持ち替えながら、湯気が上がっているそれをほおばった。
サクッという歯触りの後に、ふわりとした柔らかい生地。甘いあんこはこしあんで、滑らかに舌の上で広がっていく。
「……おいしい」
「だろ? こういうのは出来立てが一番だよな」
怒る気力なんてもうない。おいしいものは正義だ。
一気に食べてしまったら、次に差し出されたのは自販機のお茶。ちょうど飲み物が欲しいと思ったタイミングだったから、ありがたくいただいた。
「温泉なんて……旅行で来るものだと思ってました」
思い付きのように電車に乗って、宿泊の予約もなしでお風呂に入って、通りすがりの出店の揚げまんじゅうを食べるなんて、私の人生ではあり得ない行動だった
。
そんなことをしていいってことも、自分にそれができるんだってことも、初めて知った。
意外だし、不思議。慣れないことをするのは落ち着かないし、ちょっとした不安もあるけれど、やってみれば案外、楽しいものなのね。