あり得ない男と、あり得ない結末

不安でざわつく一方で、彼の目を見つめていると、胸に水滴が落ちてくるような感覚もある。
それは甘い蜜のようにとろりとして、私の心の奥にとどまり、簡単に流れていってくれない。

「そう……です。会社のためになる人と、結婚するんです」

「会社のためになるかどうかの判断は親父に任せるわけ? 全部が全部、親父が正しいわけでもないだろが」

それは、考えたことがなかった。
私にとって、いつも父は正しかったから。
私の希望が彼の望むものと違えば、譲歩して間をとった道を示してくれる。
私を理解してくれる、優しく正しい父だと思っている。

「片桐だっけ。あいつ、お前の親父の言いなりだぞ? あれが本当に次世代の会社を担えるって思うわけ?」

「それは……」

考えたことがない。
私は、多分、片桐さんにそこまでの興味がない。
馬場主任じゃないなら、もう誰でもよかった。父が気に入っているならば、間違いなどないだろう。そう思って、結婚相手としての目線でさえ、しっかり見たことなどない。

自分の底の浅さを見せつけられたような気がして、急に怖くなる。
私がひるんだのに気づいたのだろう。阿賀野さんは少し黙った。
そして、ふっと力を抜くと、先ほどまでの糾弾するような調子を外して笑った。
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