オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

17

「うっめー! やっぱたこ焼きだよな~!」
「えー! 絶対たい焼きでしょ!」
「ううん! ホットドックが美味しいよ!」
 子供らが賑やかに食べ進める姿を横目に、俺は極力のさり気なさを装って向かいの月子を見つめていた。
 ……月子の好物を知る絶好のチャンス! 果たして月子は、どれを選ぶ!?
「……いただきます」
 な、なんと!!
 月子は数あるメニューの中からカレーライスを手元に引き寄せると、おもむろにスプーンを差し入れて、……パクリと頬張る!
 そして月子はもぐもぐと咀嚼して、……ほんわぁ~っと表情を緩ませた!!
 っ!! ……くらくらと、眩暈がした。
 月子の可愛らしい笑みが、物凄い破壊力で俺に迫る。僅かにでも気を抜けば、平静の仮面が打ち砕かれて、俺の顔面が崩壊してしまいそうだ。
「……月子はカレーが好きなのか?」
 精一杯のさり気なさを装って問いかけた。
「はい。家で作るカレーも、外で食べるカレーも大好きです。カレーって、二つとして同じ味がないのがいいんです。それぞれに、味わいがあります」
「そうか。俺もカレーライスは大好物だ。……とはいえ、あまり辛いと難儀してしまうがな」
「私もどちらかと言えば、本格派の刺激的な物よりは、家庭的なまろやかなカレーライスが好きです。ふふふっ、同じですね?」
 月子が何の気なく言ったであろう「同じ」という台詞に、ドクンと胸が跳ねた。
 俺との共通点を見つけて微笑みを浮かべる月子の姿は、否応なく俺を歓喜に湧かせる。
 月子はすぐに目線を手元のカレーライスに落としてしまったが、俺の目にはいつまでも月子の眩しい微笑みの残像が残っていた。
 すると突然、俺の脳裏に月子とのランチデートの口実が閃いた!
「そうだ月子、会社の近くに美味いカレーの店があるんだ。よかったら今度、昼に食いに行かないか?」
 この、千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない! 本当は美味いカレー屋など、記憶に掠りもしない。しかし、そんなのはこの後、大至急でカレー屋の情報収集をすればなんの問題もない!
 それに会社近くの穴場ランチに関しては、すぐ身近にこれ以上ない情報通がいる! 東日本統括部長よ、今こそその、無駄に集積された情報の本領を発揮する時だ……!!
 心の中で、東日本統括部長に向かって雄叫んだ。
「わぁ、いいですね。今度ぜひ、ご一緒させてください」
 よしっ!! 月子の了承を取り付けた俺は、卓上に並ぶメニューの中から、皆の食の進みが鈍い笹団子を掴み上げた。
 本音を言えば、俺も食事になるような塩気のある料理が欲しいところだったが……。
 ……ふむ、仕方ない。子供らの食いっぷりは、まさに想像以上。
 十中八九余るだろうと踏んでいたメニューは、しかし端から子供らの口に吸い込まれて消えていく。
「明彦さん、このカレー、コクがあって美味しいです。辛くもないので、よかったら味見してみてください?」
 すると向かいの月子から、取り分けられたカレーが差し出された。それはまるで、俺の心の声を聞き付けたかのような、絶妙なタイミングだった。
「あの? 明彦さん?」
 咄嗟の事に驚いて俺の反応が遅れれば、カレーを差し出したまま、月子がコテンと小首を傾げてみせた。
「いや! すまんな、いただこう」
 俺が慌てて受け取ると、月子はふわりと微笑んでカレーを口に運ぶ。
 俺もつられるように手元の匙でカレーライスを大きくひと掬いして頬張った。
「……美味いな」
 俺の呟きを聞き付けて、月子が笑顔で頷く。
 口にしたカレーは、これまで食べた事がないくらいに美味かった。……ただし、ここでまた同じカレーを食べたとしても、その時俺の向かいに月子がいなければ、きっとこの味は出ないだろう。
 こんなにも美味いと思えるのは、こんなにも味わい深く心に染みるのは、月子と共に食べるからだ。


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